このドキュメントは、海外ブランドが日本語配列キーボードや日本語配列キーキャップを作成する上でのガイドラインです。
本ドキュメントは、日本語配列キーボードおよびキーキャップ設計の実務的な理解を支援するための民間による技術ガイドであり、JIS(日本産業規格)そのものの規定や、公的機関による公式文書ではありません。
ここで用いる「JIS配列」「日本語配列」といった用語は、市場で一般的に使われている通称に基づくものであり、JIS規格の原文や法的効力を代替するものではありません。
日本語配列を作成する前に、英語圏のラテン語系言語とはまったく異なる「日本語入力の仕組み」について深く理解する必要があります。
日本語は構造が複雑で、入力方式も多段階であり、それがキーレイアウト、キー数、キー刻印、スペースバー長などに強い影響を与えています。
本稿では、海外ブランドが日本語配列を正しく設計するために不可欠なポイントを、体系的に解説します。
TL;DR
- Japanese is a non-Latin language that mixes kanji, hiragana, katakana, and Latin letters. Typing always goes through an IME (romanization → kana → kanji selection), which heavily affects keyboard layout, key count, legends, and spacebar dimensions.
- Most people in Japan only know and use Japanese-market layouts (often colloquially called “JIS layouts”). They rely on dedicated IME keys (e.g., 半角/全角, 変換, 無変換 / 英数, かな), so these keys and their physical positions are critical for real-world usability.
- The typical Japanese-market layout is not a minor variant of ANSI: symbol keys move, unique keys exist, and behavior differs between Windows and macOS. You cannot simply “add Japanese legends” on top of a US layout.
- For keycap sets, you must redesign legends and sub-legends specifically for Japanese-market layouts. Doubleshot molds become extremely expensive, so dye-sublimation or UV printing is generally more realistic. Multiple spacebar and bottom-row sizes, along with arrow clusters, are effectively mandatory for the Japanese market.
- This document is part of the Japan Layout Alliance (JLA) and is intended to help overseas brands design Japanese-layout keyboards and keycap sets that actually work for Japanese users — instead of producing “decorative Japanese layouts” that look correct but fail in practical use.
1.日本語についての理解を深める

おそらく、世界で最も多く使用されている言語は「ラテン語」にルーツを持つ言葉でしょう。
世界の多くの国では、「ラテンアルファベット」を用いて自身の国の言語でタイピングを行っています。
ラテンアルファベットと日本語の区分は下記のようになっています。
| ラテンアルファベット | 日本語 | |
|---|---|---|
| 言語ファミリー | Indo-European(欧州語族) | Japonic / Japanese language family(日本語族) |
| 文字ファミリー | Latin alphabet | 漢字・ひらがな・カタカナ・Latin alphabet |
| 入力方式 | 打った文字がほぼそのまま最終形 | Latin alphabetで読み音を入力 → システムが候補を提示 → ユーザーが選ぶ |
1-1. 日本語は非ラテン語系の言語であり、文字体系が複雑

英語などのラテンアルファベットをベースにした言語は、キーを押すとそのまま文字が入力される「直接入力方式」が基本です。
一方で日本語は、以下の4つの文字体系を併用します。
- ひらがな
- カタカナ
- 漢字
- ラテンアルファベット
特に漢字は数千種類におよび、1キー=1文字 という構造では入力できません。
このため日本語入力は 複数の工程を経る間接入力方式 となっています。
ただし、文脈でアルファベットを入力する際はこのプロセスを経ずに、英語圏と同じように直接入力方式でアルファベットを入力するため、間接入力方式を主軸にし、直接入力方式も利用する非常に難解な入力様式をとっているのが大きな特徴です。
1-2. 日本語のタイピングは「多段階プロセス」で行われる
日本語を入力する場合、下記のプロセスを経て文字をタイピングします。
日本語の文節ごとのタイピングプロセス
- ローマ字で日本語の読みを入力する(Latin alphabet)
- 読みが「ひらがな」としてスクリーンに投影される
- スペースキーなどを押して、漢字候補を呼び出す(この作業を「変換」と呼ぶ)
- 複数の候補から目的の漢字やカタカナを選択する
- Enterキーで候補を「確定」する
ただし、文脈でアルファベットを入力する際はこのプロセスを経ずに、英語圏と同じように直接入力方式でアルファベットを入力する。
この工程は、英語のような「キーを押したら終わり」という簡単な方式とは大きく異なり、ユーザーは常にラテンアルファベットを目的の漢字へ「変換する」という作業を挟みます。
1-3. 同音異義語の存在が変換作業を必須にしている

日本語には 同音異義語 が非常に多く存在します。
英語にも homophones は存在しますが、日本語は同じ発音の語が圧倒的に多いという特徴があります。
普段からよく使われる一般的な例:
「はし(hashi)」
- 橋(はし / bridge)
- 箸(はし / chopsticks)
- 端(はし / edge; end)
「かみ(kami)」
- 紙(かみ / paper)
- 神(かみ / god; deity)
- 髪(かみ / hair)
「きしょう(kishou)」
- 起床(きしょう / wake up)
- 気象(きしょう / weather; meteorology)
- 希少(きしょう / rare)
このように
- 変換候補を呼び出す
- 候補を選ぶ
- 確定する
という作業は日本語を入力する上で欠かせません。
この同音異義語の多さこそが、日本語配列の構造と専用キーの存在理由です。
2.日本人が利用するキーボードの物理レイアウトについて
ほとんどの日本人は、日本語配列しか知りません。
英語配列というキーボードが存在することを知らない人が大半でしょう。
正確なデータはありませんが、多くの人が日本語配列キーボードを使っています。
家電量販店で販売されているキーボードはほぼすべて日本語配列となっており、一部の海外ブランドのゲーミングキーボードだけが英語配列を採用しています。
よって、英語配列のキーボードを使うシーンは限られています。
3.日本語入力を支える「IME(Input Method Editor)」について

IME(Input Method Editor)とは、 ラテン文字 → 日本語 へ変換するための仕組みです。
IMEがオンの状態では日本語入力(間接入力方式)、オフでは英語入力(直接入力方式)になります。
3-1.日本語ユーザーはIMEを頻繁に切り替える
日本語の文章では、以下のように日本語・英語・数字が混在します。
- 日本語(例:こんにちは)
- 英単語(例:keyboard, URL)
- 数字(例:2025, 123)
- 記号(例:@、#、/)
そのため、IMEのオン(日本語入力)/オフ(英数字入力)の切り替えは日常的に行われます。
| 状態 | 入力される文字 |
|---|---|
| IMEオン | 日本語(ひらがな/漢字へ変換) |
| IMEオフ | 英語/数字/一般的な英字記号 |
3-2.日本語配列にはIME操作のための専用キーが存在する
日本語での入力はIMEのオンオフが非常に頻回に行われます。
そのため、コンビネーションでのショートカットキーではなく、専用の「IMEオンオフキー」が存在しています。
Windowsで使用されるIMEのオンオフの切り替えキー
- 半角/全角 キー(押下でオンとオフが切り替わる)
- 変換 キー(IMEオン)
- 無変換 キー(IMEオフ)
Macで一般的なキー
- 英数 キー(IMEオフ)
- かな キー(IMEオン)
英語配列でもIMEのオンオフはできる
英語配列キーボードでもIMEのオンオフは可能です。
下記のショートカットコンボを用いて切り替えします。
- Windows:Alt + `(バッククォート)
- Mac:Control + Space
一部の日本人でも英語配列を好んで使うユーザーがいますが、彼らはこのようなコンボタイピングでIMEを切り替えています。
しかし、このコンボショートカットはほとんど一般には知られていません。
4. 日本語配列と英語配列の物理レイアウトの違い

日本語配列では、前述のIME関連キーに加え、記号キーの配置も英語配列とは大きく違います。
日本語配列は ANSI配列と単純な互換にはならない独自体系です。
物理的なレイアウトに加えて、サブレジェンドにもついても大きく異なります。
また、基準とするOSによっても、微妙に日本語配列特有のキーレイアウトが異なるのです。
図をよく見て、英語配列と日本語配列の違いについて確認してください。
Windowsベースのレイアウト(例)

英語配列と異なる主な記号例
- @
- :
- ;
- ^
- _
- ¥
- 「」『』
日本語配列として認識された際のキーバインド
| 物理位置(数字列) | 日本語キー印字(未シフト / シフト) | 英語(US)キー印字(未シフト / シフト) |
|---|---|---|
| 2 のキー | 2 / " | 2 / @ |
| 6 のキー | 6 / & | 6 / ^ |
| 7 のキー | 7 / ' | 7 / & |
| 8 のキー | 8 / ( | 8 / * |
| 9 のキー | 9 / ) | 9 / ( |
| 0 のキー | 0 / (記号なし) | 0 / ) |
| 0 の右「-」キー | - / = | - / _ |
| さらに右「^」キー | ^ / ~ | = / + |
| 物理位置 | 日本語キー印字(未シフト / シフト) | 英語(US)キー印字(未シフト / シフト) |
|---|---|---|
P の右(1つ目) | @ / ` | [ / { |
| その右(2つ目) | [ / { | ] / } |
L の右(1つ目) | ; / + | ; / : |
| その右(2つ目) | : / * | ' / " |
英語配列と異なるキーバインドの例
| 日本語配列 | 英語配列キーバインド | 日本語配列 |
|---|---|---|
| 半角/全角 | ’(シングルクォート) | IMEオンオフ |
| バックスラッシュ | (なし) | \ |
| ¥ | \ | ¥ |
| (打てない) | `(バッククォート) | (なし) |
5.キーキャップ作成の際のアドバイス

ここでは、日本語配列キーキャップを作成する際の注意点を掲載します。
- キーキャップ制作では、英語版のレイアウトを流用できず、サブレジェンドの完全見直しが必要になります。
- ダブルショット成型の場合は金型コストが嵩むため、昇華印刷やUV印刷での印字の方がコストを抑えて日本語配列キーキャップを作成できます。
- OSによって日本語配列固有キーの刻印が一部異なります。
- 75%/65%キーレイアウトと、80%/96%/100%レイアウトでは、左右のシフトキーの長さが異なります。
- 日本語配列キーボードにおいて、アローキーがない60%レイアウトはほとんど存在しません。
- 再下段のモディファイヤキーに関しては、キーボードブランドによってサイズが異なるため、汎用性を高めるためには複数のサイズを用意することを推奨します。
5-1. スペースバーが短い理由
英語配列に比べて日本語配列のスペースバーが短いのは下記の理由からだと想定されます。
- スペースバーの両端のキーを使ってIMEオンオフを頻回に行うため短い方が親指の可動範囲が小さくて済むため
- スペースバーが短い方がキーレスポンスがよいため
5-2. 日本語キーキャップ特有の刻印事情
- かな刻印の需要が一定量存在するのは事実
- かな刻印があるのは、かつて「かな入力」が主流だった時の名残
- 現在ではラテンアルファベットを用いた「ローマ字入力」が主流となっているためほとんど意味を成さない
- かながなくても日本語入力ではほとんど支障がない
- 海外で採用されている「ひらがな」サブレジェンドの位置は本来の日本語配列とは異なる
- 記号刻印はUS配列と異なるため、上段刻印(Shift刻印)は必須
Windows用|日本語配列のキーレイアウト



Mac用|日本語配列のキーレイアウト



10. 海外ブランドが誤りやすいポイントまとめ
| よくある誤解 | 正しい理解 |
|---|---|
| US配列をベースに調整すれば日本語配列になる | 日本語配列は独自体系。US改造では基本的には成立しない |
| 変換・無変換キーは不要 | 同音異義語多発のため変換キーは必須 |
| スペースバーは長くてよい | 4.5/4.25uを推奨 |
| 記号はUSと同じで良い | 日本語配列は記号配置が完全に異なる |
11. 日本語配列を設計する際に求められる「配慮」
- IME関連キーを省略しない
- スペースバーの長さと周囲のキー配置を適切に維持する
- 記号配置(特にShift段)をJIS規格に準拠にする
- かな刻印の有無をユーザー層に応じて検討する
- ANSIベースで簡易的な日本語配列を作らない
Japan Layout Alliance(JLA)は、公的規格であるJIS(日本産業規格)やJISC、日本政府機関とは一切関係のない、民間の任意団体です。本ページで示すガイドラインは、あくまで日本語配列キーボードの互換性改善を支援するための任意の提案であり、強制力や公式認証としての効力はありません。
