「長く使える道具」と「買い足したくなる体験」―日本でのキーボードの売れ方はどう変わったのか

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コラム
この記事の位置づけ
本記事は、キーボード市場や製品動向についての筆者見解を含むコラム記事です。事実関係の確認に努めつつ、分析や評価には筆者の視点が含まれます。レビューやニュースとは異なる、意見性のあるコンテンツとしてご覧ください。

コラムです。

2026年4月22日、老舗キーボードブランドであるダイヤテック株式会社が突然の閉鎖を発表しました。

Xでもトレンド入りするなど、多くのキーボードファンに驚きと悲しみをもって受け止められています。

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スクリーンショット:https://x.com/i/trending/2047637315485385075

SNSでは、さまざまな反応が見られました。

そのなかには、下記のような反応も多く見らています。

  • 「キーボードは壊れにくいから買い替えが起きにくいのではないか」
  • 「良いものを作っても、事業として続けるのは難しいのではないか」

もちろん、個別企業の閉業理由を外部から断定することはできませんし、買い替えが起きなかったから売上が低迷していた、というような短絡的な結論はかなり無理があります。

私は、長く使えるものを作ることと、売れ続けるキーボードブランドを作ることは同じではないと考えています。

昨今では日本市場を賑わせるブランドが「国内企業」だけとは限らない現状が出てきています。

これらの状況を踏まえ、市場観測者としての立場で、国内ブランドと海外ブランドのキーボードの「売り方の違い」について私見を述べていきます。

タップできる目次

「長く使える道具」を作る価値は今も変わらない

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まず前提として、長く使えるキーボードを作ることは、決して否定されるべきものではありません。

むしろ、それはキーボードという道具にとって非常に重要な価値です。

キーボードは毎日使う入力装置です。

仕事で使う人にとっては、手に触れる時間が長く、作業効率にも集中力にも影響します。

だからこそ、すぐに壊れないこと、長く安定して使えること、いつもの感覚で打ち続けられることには、大きな意味があります。

これはキーボードだけでなく、日本のモノづくりの根幹にある共通の概念であり、日本人にとって非常に重要な価値観の一つと言えるでしょう。

FILCO、HHKB、REALFORCEといった老舗国内ブランドは、それぞれ方向性こそ異なりますが、いずれも「長く使える道具」としての価値を重視してきたブランドだと思います。

派手さよりも信頼性を重視し、短期的な流行よりも継続性に変わらないものを作る。

目新しさよりも、日々の入力を支える「道具としての安定感」を提供し続ける。

こうした価値は、日本のキーボード文化を支えてきたように思いますし、これからもそうあり続けて欲しいと思います。

「良い道具を作り続けること」と「事業として続くこと」は別の設計が必要になる

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一方で、マーケットという観点で見ると、少し違う問題が出てきます。

長く使える製品は、ユーザーにとっては理想的です。

ユーザーとっては、愛着のあるものを長く使い続けることは非常に大きな価値となり、たとえ高額な商品だったとしても「壊れずに長く使うことができる」という点は「お金をかけるだけの価値が見出せるもの」という納得にもつながるでしょう。

その一方で、この事実を「企業」として見た場合、長く使えるものほど「買い替え需要」が生まれにくくなるという問題が生じます。

つまり、リピート購入がないため、多くのものを売ることができません。

1台のキーボードを10年使える。

これはユーザーにとっては素晴らしいことです。

しかし、メーカーがその後も継続的に製品を届け、開発を続け、サポートを維持していくためには、どこかで次の購入理由を作る必要があります。

ここで重要なのは、長く使える道具を短命にすべきだ、という話ではありません。

そうではなく、長く使える道具であっても、企業として存続していくためには「次の1台を買う」理由を設計する必要があるということです。

これを日本のキーボード市場を観測している私の視点で見ると、国内老舗ブランドと海外新興ブランドでは、かなり異なる売り方をしているように見えます。

海外新興ブランドは「壊れていなくても買う理由」を作っている

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現在、日本のキーボード市場は、海外勢の勢いが非常に強くなってきている印象です。

それまでは英語配列一辺倒だったブランドも積極的に日本語配列の開発を進めており、次々と日本のマーケットに投下してきています。

その筆頭として挙げられるのがKeychronです。

Keychronは公式文面で「40以上のキーボードモデルを持つブランド」だと説明しています。

ラインナップを見ると、Qシリーズ、Vシリーズ、Kシリーズ、Max系、HE系など、価格帯・素材・接続方式・用途・レイアウトごとに多くの入口が用意されています。

この売り方は、国内老舗ブランドとはかなり性質が違います。

Keychronのような海外新興ブランドは、単に「壊れたら買い替える」需要を待っていません。

新しいレイアウト。
新しい素材。
新しい接続方式。
新しいカラー。
新しいスイッチ。
新しいキーキャップ。
新しい打鍵感と打鍵音
新しいファームウェアや設定体験。
新しいデスク環境との相性。

こうした要素を組み合わせながら、ユーザーに対して継続的に「次に買う理由」を提示しています。

いま使っているキーボードが壊れていなくても、

「職場用にもう1台欲しい」
「自宅用はアルミケースにしたい」
「ゲーム用に磁気スイッチを試したい」
「持ち運び用に薄型が欲しい」
「デスクに合わせて色を変えたい」
「日本語配列やフルサイズも必要になった」

といった理由で、次の購入が生まれる。

つまり、キーボードを壊れたら買い替えるものではなく、用途や好みに応じて買い足すものとして提示しているわけです。

キーボードは「壊れなければ買い替えなくてもよい」という観点ではなく、「欲しいものがあればいくつコレクションしても良いもの」として定義しているという点で、国内老舗ブランドとは根本的に考え方が異なるように思います。

ここに、現在のキーボード市場における大きな変化があります。

国内ブランドは「完成度」を積み上げ、海外新興ブランドは「購入理由」を積み上げている

もちろん、これはどちらが正しい、どちらが間違っているという話ではありません。

国内ブランドが大切にしてきた「長く使える道具」という価値は、今でも重要です。

一方で、マーケットを大きくするという観点では、海外新興ブランドの売り方には学ぶべき点が多いと、個人的には感じています。

Greenkeysを運営するGreenEchoes Studioでは、キーボード製品の紹介や市場投入に関わる相談を受けることがあります。

その立場から見ても、製品そのものの完成度だけでなく、「なぜ今この製品を選ぶのか」をどう伝えるかは、非常に重要な論点だと感じています。


国内老舗ブランドは、完成度と信頼を積み上げてきました。

一方で海外新興ブランドは、購入理由とユーザーと接触する回数を積み上げています。

この違いは、製品の良し悪しだけでは説明できません。

たとえば、国内ブランドの売り方は、ひとつの製品や思想を長く育てる方向に向きやすい。

これはブランドの信頼を作る上では非常に強い方法です。

しかし、そのぶん新規層への入口や、既存ユーザーがもう1台買う理由は限られやすくなります。

一方で海外新興ブランドは、シリーズ展開、素材違い、サイズ違い、接続方式違い、カラー違い、スイッチ違いなどによって、ユーザーとの接点を増やしています。

同じブランドの中でも、機能やスペックをマイルドにした「買いやすい廉価なエントリーモデル」を用意し、これを入り口に「キーボードファン」へと誘うのです。

こういったビジネスモデルであれば、ユーザーは同じブランドの中で「次はこれも試してみたい」と考えることができます。

これは単なる多品種展開ではありません。

ユーザーの生活環境や用途の変化に合わせて、購入理由を細かく用意しているということです。

キーボードは「1人1台」から「何台持っていても良い」という認識へ変わってきている

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現在のキーボード市場では、1人のユーザーが複数台のキーボードを持つことは珍しくありません。

自宅用。
職場用。
持ち運び用。
ゲーム用。
執筆用。
静音環境用。
デスクセットアップ用。
レビューやコレクション用。

キーボードは、すでに「1人1台の周辺機器」ではなくなりつつあります。

キーボードは、その日の気分や環境によって、「複数の選択肢の中から選ぶ道具」になってきているのではないでしょうか。

この変化は、国内ブランドにとっても重要です。

なぜなら、長く使える道具であることと、複数台所有されることは、必ずしも矛盾しないからです。

むしろ、信頼できる道具だからこそ、職場にも置きたい、同じ打鍵感で作業したいから自宅用と会社用を揃えたい、そのブランドの思想が好きだから、別の用途でも使いたい。

こうした買い足し需要は、国内ブランドにも十分に作れるはずです。

大切なのは、「この1台を長く使えます」で終わらせるのではなく、

「この環境にはこの1台」
「この用途にはこの1台」
「この働き方にはこの1台」

という提案を作ることだと思います。

市場を広げる方法は、ハードを増やすことだけではない

ただし、市場を広げる方法は、新しいハードウェアを次々に出すことだけではありません。

ここは誤解されてはいけない部分です。

Keychronのように多くのモデルを展開し、買い足し需要を作る方法は、確かにマーケットを大きくしやすい構造を持っています。

しかし、すべてのブランドが同じやり方をする必要はありません。

国内ブランドには、国内ブランドの強みがあります。

長く使えること。
安定していること。
仕事道具として信頼できること。
思想や歴史を持っていること。
日本語入力や業務環境に対する理解があること。

こうした強みを活かすなら、ハードウェアの外側にある価値を育てる方法もあります。

例えば、キーキャップ、リストレストやキーボード本体につける装飾品のバリエーション、法人導入支援、配列設計や新しい入力体験の提示などが例に挙げられます。

これらはキーボード本体ではありませんが、ユーザーがそのブランドを選び、使い続け、もう1台欲しくなる理由になり得るのではないでしょうか。

JLAの活動もハードの外側から市場を広げる試みのひとつ

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この文脈で、私たちが関わっているJLA(Japan Layout Alliance)の活動も、ひとつの意味を持っていると考えています。

JLAは、日本語配列のメカニカルキーボードでもキーキャップ交換文化を広げるために、GreenEchoes Studioが立ち上げた非営利の業界連携プロジェクトです。

スペースバーの規格にバッチをつけることで、ユーザーのキーキャップ交換を英語配列同様に楽しめるようになることを目的としています。

つまり、キーボードを買った後の「アフターマーケット」が活性化する可能性を秘めていると考えています。

世界でこれほどまでにキーボード市場が大きくなっている理由の一つに、カスタマイズできる幅が非常に広いことが挙げられます。

とりわけ、英語配列用のキーキャップに関してはさまざまなブランドからたえず趣向を凝らしたデザインの商品が生み出され、キーキャップの交換需要を作り出しています。

ただし、キーボードが一つしかない状態で複数のお気に入りのキーキャップを楽しむことはできません。

よって、「コレクション用途でもう一台キーボードが欲しい」というニーズを創出しているという見方もできます。

まとめ|長く使える道具を「次の一台」につなげるために

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キーボードは、もう単なるPC周辺機器ではありません。

仕事の道具であり、趣味の対象であり、デスク環境の一部であり、入力体験そのものを左右する存在です。

世界ではすでにその考えがスタンダードなものになりつつあり、日本でも着実にそれに近づいている兆しが見え始めています。

だからこそ、ブランドに求められるものも変わっています。

長く使えること。
使い続けたくなること。
そして、もう1台欲しくなること。

この3つをどう両立するかが今後の大きな課題となるでしょう。

それが、これからのキーボードブランドに求められるテーマなのだと思います。

海外新興ブランドは、その答えのひとつとして、用途ごとのモデル展開や体験の更新を提示してきました。

国内ブランドは、何も国内販売だけにとどめておく必要もないのです。

良いものを作る、という観点においては、日本が誇るべきスピリットでもあると思います。

これからのキーボード市場では、良い道具を作るだけではなく、その道具が選ばれ続ける理由を設計することがますます重要になるでしょう。

長く使える道具を作る価値は、これからも変わりません。

だからこそ、その価値を「次の一台に」つなげる売り方が必要なのだと思います。

  • 初版執筆日:2026年4月25日
  • 最終更新日:2026年4月25日
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河村 亮介のアバター 河村 亮介 Greenkeys chief editor

日本のキーボード専門メディア「Greenkeys」の編集長です。
メカニカルキーボード、自作キーボード、入力デバイスに関するレビュー・取材・検証・撮影・計測・執筆を一貫して担当しています。
これまで100製品以上のキーボードや入力デバイスをレビューし、日本語配列キーボードの互換性問題に関する情報整理と市場解説を行っています。
また、日本語配列キーボードの互換性標準化を目的とした業界連携プロジェクト Japan Layout Alliance(JLA) を設立し、国内外メーカーと協力した活動を進めています。
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